2022-06-27
畳の上を歩くときは、へりを踏んではいけないというマナーをご存じでしょうか。
「なんとなく知っているからそうしているけど、なぜへりを踏んではいけないのかはわからない」という人も多いでしょう。
そこで今回は、畳のへりを踏んではいけない理由と、例外もあわせて紹介します。
畳のマナーを知って、和室を正しく快適に使用しましょう。
注意して歩かなければ、畳のへりはうっかり踏んでしまっても無理はありません。
畳は足元に敷くものにも関わらず、なぜへりを踏んではいけないのでしょうか。
まずは、一般的にいわれている理由をご紹介します。
昔は植物染めの畳を使用していたこともあり、植物染めの畳は耐久性が低く色落ちしやすかったため、畳が傷むのを避けていたことが推測されます。
強度の高い中央部分を意識的に踏むようにして、畳を長持ちさせていたのです。しかし、昔とは違って現在の畳は強度が上がっていることから、踏んだからといって畳のへりが劣化するわけではありません。
よって、現代ではあまり意味のない理由となっています。
江戸時代の武家では「紋縁(もんべり)」と呼ばれる家紋入りの畳へりが使われていました。
武士にとって家紋は、家の権威や格式を表すものだったため、家紋を踏む行為は相手への侮辱ととらえられても無理はありません。そもそも「踏む」という行為は「踏みにじる」「踏みつける」といった言葉にも表れているとおり、自分勝手なふるまいや、相手をないがしろにすることをいいます。そのため、畳のへりを踏むことはタブーでした。
また、畳のへりの色柄にもさまざまな意味があり、身分によって格式の区分があったともいわれています。現代人にとってはあまりピンとこない感覚かもしれませんが、当時の価値観のもとでは、畳のへりもまた社会的地位を示すものの一つだったのでしょう。
現代では考えられないことですが、畳のへりを踏んではいけないのは「敵の攻撃から身を守るため」という理由もありました。
昔は畳と畳の隙間から槍や刃物を差し込んで攻撃をすることがあり、畳のへりを踏んでしまうと床上から射し込む光の加減が変わってしまうと懸念されていたのです。光の加減が変わると、床下にいる敵から位置を特定されてしまうため、畳のへりを踏まないようにしていました。
武士は座るときや食事をするとき、寝るときにも畳のへりを避けて過ごしていたといいます。武家社会では自宅でも他家でも、油断できないことが多かったのかもしれません。
畳のへりは表面よりも少しだけ分厚くなっています。とくに、豪華なデザインのへりは段差となり、子どもや高齢者にとって転倒の原因となりやすいものです。このことも、踏んではいけない理由となっています。
また、畳のへりは畳同士が接する場所ですから、畳を交換してしばらく経つと、接点が飛び出す、盛り上がることも考えられます。
食事を運ぶときや両手に荷物を持っているときなど、足元が見えない状況では誰でも転ぶ可能性があるため、習慣として畳のへりを踏まないようにしていました。
現代を生きる私たちにとっては、この「転倒防止のために踏まない」という理由が最もなじみやすいといえます。
室町時代から続く武家作法の流派に「小笠原流礼法」があります。武家の作法ですが「畳のへりを踏んではならない」という作法が存在しません。
小笠原流礼法では、畳の上の歩き方があり「膝行(しっこう)」と「膝退(しったい)」を守ります。小笠原流礼法の歩き方ですが、まず足を自然に開いた状態で膝を折って腰を下ろします。
踵を上げずに、足を完全に床に密着させた状態を蹲踞(そんきょ)と呼びます。和式トイレの座り方をイメージするとわかりやすいでしょう。
蹲踞の状態になってつま先で歩くのが膝行、蹲踞の状態で後退するのが膝退です。本来はほかにもかなり細かいポイントがありますが、大枠として覚えておいてください。
要は和式トイレの座り方で過ごすようなイメージになるため、畳のへりを踏まない行為は大変不自然なのです。そのため、小笠原流礼法では畳のへりを踏んでもよいとされています。
先程少しだけ紹介しましたが、畳のへりの色柄は格式を表すものでもあります。
現在では遊び心があるカラーやデザインのへりも多く登場していますが、かつては厳格に決まっていたのです。
ご自宅の畳を選ぶ際には、高貴な身分でないと使うことができなかったカラー・デザインを選び、殿上人の暮らしを想像するのも素敵ですね。
ここで、畳のへりにはどのようなものがあるのかを詳しくご紹介します。
繧繝縁は平安時代から室町時代にかけて、天皇や三宮(皇后・皇太后・太皇太后)、上皇が座る畳に使用されていた最も高いへりです。古くは鎌倉時代に描かれた源氏物語絵巻にも登場します。現代では、お雛様の座る台座をイメージするとわかりやすいでしょう。
綿織と呼ばれる織り方をしていて、カラフルな色と濃淡が特徴です。薄い色から濃い色を並べることで、立体感や変化を感じさせます。畳ひし形などの文様が描かれています。
高麗縁は、新王、摂関、大臣、公卿が使用していた畳へりです。繧繝縁ほどではありませんが、身分の高い人が使用していました。
白地に雲形や菊花などの文様が描かれていて、大紋高麗縁と小掌高麗縁の2種類があります。新王や摂関、大臣が使用する高麗縁を「大紋高麗縁」、公卿が使用するものを「小紋高麗縁(九条紋)」とされます。
現代まで神社仏閣の座敷、茶室にある床の間などの場所で、大紋高麗縁を採用されてきました。しかし、小紋高麗縁は数が少なく、現在ではあまり使われていません。
四位五位の殿上人は「紫縁」、六位以下は「黄緑」の畳へりを使用していました。殿上人によって縁の種類が異なっていたようです。
へりなしの畳は、一般的な家庭で使用されてきました。現在では畳のへりを自由に選択できますが、あえてへりのない畳を選択する人も少なくありません。
へりがないぶんすっきりとしておしゃれな印象になりますし、モダンな雰囲気を演出できます。洋風リビングの一角にある和室でも調和が取りやすいでしょう。
大きさも一畳・半畳があり、半畳タイプは色を組み合わせることで市松模様に見せることも可能です。
この記事では、畳のへりを踏んではいけない理由を紹介しました。
家紋を踏まないため、敵の攻撃を防ぐためなど、現代では想像しにくい理由もあるものの、理解を深めていくと日本の文化や環境を伝えるものとして尊重する気持ちが生まれてくるのではないでしょうか。
漠然と「マナーだから踏んではいけない」と考えるよりも、理由を知っておくと先人の生きた時代をうかがい知ることができ、楽しみが増えるでしょう。
フチ一つとっても、畳は奥深いものです。畳について詳しく知ることは、日本の文化をよりリアルに感じることにつながります。
この記事を読んだら、家にある畳に目を向けてみてください。いつもとは少しだけ違って見えるかもしれません。